『人類は何を失いつつあるのか』(山極寿一・関野吉晴/著、朝日文庫)

「生きづらさ」という言葉を私たちは毎日のように見聞きするが、世界も身のまわりもどこかがおかしいと思いつつ、多くの人は何がどうおかしいのかが明確には分からず、また、それにどう対処すれば状況が改善するのかも分からずに、目の前のことに追われて過ごしているのではないか。自分の手に負えない、とりとめもないように見える事柄を一つ一つ明らかにして、今人類が抱える問題について進むべき道筋を示してくれるのがこの本である。危機感をあおるのではなく、未知の世界の面白さを紹介し、人間のルーツを探ることで希望を見いだす。
霊長類学者・元京大総長の山極寿一さんと探検家・医者の関野吉晴さんによる対談。僕はこのお二人には以前から興味を持っていて、この本を書店で見つけた時は躊躇せずに買った。期待通りの面白さだった。テーマは多岐にわたるが、関野さんの表現によると「教科書には書かれていない文明論」である。ゴーギャン作の「我々はどこから来たのか、何者なのか、どこへ行くのか」という有名な絵があるが、そのタイトルを解題しているような内容だ。
ゴリラやチンパンジーの研究(山極さん)、いわゆる文明から切り離された社会で暮らす中南米などの民族の観察(関野さん)を通して、人類がどのように発生し、どのような文化を発展させてきたか、人間を他の動物と分ける特徴は何なのか、を多角的に見る。そこから、現代社会の問題を照らしだし、解決の道を探る。
本書は2018年発行の単行本を文庫化したもので、この3年あまりに世界では重大な出来事がいくつも起きており、その代表がコロナウイルスとロシアによるウクライナ侵攻だ。文庫版のあとがきで著者達はそのことに触れている。そして、本の中で語り合ったことの重要性を読者もまた改めて確認することになる。

この中で、僕の心に残った言葉がある。それは文化の定義だ。僕自身、人は文化なくしては生きていけないと、自分の経験からここ数年強く感じるようになっているが、では文化とは何かと聞かれると、なかなかひと言では説明できない。対談の中で関野さんが素晴らしい定義を紹介している。それは「人が生きていくことを阻害するものへの対抗手段」。これは見事な定義だ。

『人類は何を失いつつあるのか』(740円+税)